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2011年3月11日から振り返って

Posted by vickywallst on 13.2016 日記   0 comments   0 trackback
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2011年3月11日を振り返ってみた。
まだ重ぃ・・・

それから2011年3月11日以降をずーっと辿ってみた。
それは、自分の中で無意識に「石棺」した空白の時を辿る作業だった。

月別アーカイブ
(↑2008年3月にブログを始め、3月は18個の更新、4月は45個の更新。。。という一覧デス)

ずーっと触れなかった事を、こうやって辿ってみると、
ヒデーな。。。とぃう感じ。
ツイッターと連動させてた事で、2013年以降、ほとんど更新もしてこなかったのに、
延々ツイッターのリツィートがズラズラアップされるのみで。。。
一応、テキトーにツイッター記事は外しましたが。。。
そんな事も気づかなかった位、ブログ自体が遠ざかってしまってた。

2011年3月11日を境に、「それまで」と、「それから」が、全く違うものになっていって
それでも、なんだかんだ言いながらも、2012年7月までは、あの忙しい最中更新は続けてたのに。。。

2012年8月からバッタリと更新が止まってしまったのには、それなりの理由がある!!!

大飯原発の再稼働

勝てないンダ・・・・・
あの朝のショックったら無かった。。。。。

個人がいくら考えても、行動起こしても、無理な事でも
あれだけの人が動けば何とかなるかも?
色んなものを犠牲にして、そこに注ぎ込んだエネルギーが大きかったダケに
大飯原発の再稼働は、虚脱感とぃうリバウンドで押し返され、
振り返る事も出来なかった位無気力になってしまった。
そして、再稼働を挟んだ前後でチッチとセナを失ったショックと、
転職と。。。

あの敗北感の中で何日も泣いた記憶が蘇ってきて、またムカムカしてきたケド

どこをどう押せば何が変わるのか・・・???
色んな事が不思議に思え、
実際の「日本」と、自分がそれまで”そぅだろう”と思っていた「日本」の間に
”ベルリンの壁”位大きな仕切りがドンッと落ちてきたよぅな感覚で、
その”壁”自体に強烈な違和感があった。

旧ソ連政府が最終的にだした結論が、そもそも正しいのかどうかもワカラナイし
そもそも、何がどぅ危険で、どぅあるべきかなんて、こんなド素人の一般庶民にワカルはずもないし
ましてや、30km圏内の人に”それまでと全く同じ価値”を全く違う土地に補償しろ!!!や、
食べて応援認めるな!!!なんて、いいのか悪いのかワカルはずもないけれど
旧ソ連政府が最終的にだした結論が、人道的な立場に立った上で出した結論だという所に大きく頷けるといぅ事は、
あの”強烈な違和感”の正体は、「モラルコンパス」なんだろぅと思った。

とても小さくて単純なそのギャップは、自分が考える以上に、大きなショックと混乱を招き
それでもそこで生活する人や、原発内で仕事をする人の事も考えると
”風評被害”とぃう都合のいい言葉に大きな反発はあるけれど
”風評被害”とぃう都合のいい言葉も念頭に入れなきゃならない事を肝に銘じ
取り急ぎ、自分を立て直す必要に迫られて”立ち寄り温泉”ブログ化していった。。。
とぃう流れまでを311から辿ってみた。

答えなんてでない。

今通っている職域の大学の教授が
”放射線は必ず結果が現れてくる。それは、10年位経たないとでてこない”
そぅ言った。
いっそ、戦う事を辞めて、共存という形の一番HAPPYな形の中での「モラルコンパス」の構築を模索する
ってのもヒトツの手なのかな。。。と

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