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使命を果たす・・・・・

Posted by vickywallst on 11.2013 原発   0 comments   0 trackback
東電福島第1原発の元所長、吉田氏が死去 58歳 日経新聞 2013/7/9 17:08 (2013/7/9 19:41更新)

「吉田昌郎福島第一原発前所長、2013年7月9日午前11時32分、食道がんのため東京都内の病院で死去」
9日からこのNEWSが駆け巡っていた。
2010年6月に福島第一原発の所長に就任され、その9ヶ月後の2011年3月に原発事故が起こり、過酷事故現場で陣頭指揮を取る中、11月に食道癌が見つかり、就任から9ヶ月後の12月1日に退任。そして9ヶ月後の翌年2012年7月に脳出血で倒れ緊急手術を受け自宅療養。1年後の2013年7月9日午前11時32分東京都内の病院で死去。

責任逃れと言い逃れと詭弁ばかりでとっとと雲隠れするどこぞのお偉方とは違い、何が責任なのかを真摯に受け止め、人としての生き様を通しながらの陣頭指揮であったと、心より感謝しお悔やみ申し上げます。

本当にこの「原発」だけは、色々考えさせられる事が多すぎて、最後には、折り合いが付かなくなってくる。
自然界には存在しないものとの”折り合い”とは、”便利さ”や”快適さ”や”お金の量”と引き替えに、とてつもなく貴重で尊厳のあるものを差し出し、多くの犠牲も強いてしまう。

この2年余り、言葉を失う位割り切りのつかない事がどんどん積み重なり、感情的な事も含め、どういう風に消化すればいいのか、色んな事にまだ整理がつけられないでいる。
”コンプライアンス”でツマラナイ重箱の隅をつつく前に、今回出て来た様々な問題やギャップを解決し、昇華させない限り、自然と科学の融合、そして核融合という世界との共存も難しい気がしてならない。

事故当時、原発などドシロウトの自分でさえ”アレ???”と気づくような事でも、ヌラリクラリ交わす幹部記者会見に、最後は、呆れながら長い夜を何日も過ごした。
現場と本店との温度差は、ブラウン管を通しても充分に伝わってきた。
”吉田所長でなければ東日本は終わっていたかもしれない”
当時からアチコチで呟かれ、記録され、耳にした、という事は、部外者でもそういう空気は”察知する”のだという事で、建前を繕う前にもっと必要な事がある事を示唆している。
そして、誰が陣頭指揮を執るかで国家の運命さえ決まっていたかもしれない事実は、これから向かえる選挙にいかせなければ意味がない。
311以降、誰が「現場の陣頭指揮」を執り、誰が「会社の陣頭指揮を執り」、誰が「日本の陣頭指揮」を執り、今があるのか。
最重要な事は、全てが"トップダウン”であり”初めの枠組みに縛られる”という事。
トップに逆らえない現実と、一度動いてしまった歯車は、途中で中々修正がきかない、止められない、という事実をカタストロフの中で世界中が共有した。
この事を”311の意義”にしなければ、救いようがない気がしてならない。

再稼働しかり、TPPしかり、進む決定を下す前に、必要な取り決めと枠組みがあり、自分達には、その最終判断を下すトップを選択する肢がまだ残されている。
一番厳しい判断を要求される”座”に誰を座らせるのか決める”自由”がある以上、一番厳しい判断を下さないと、選択を間違えば、一蓮托生の運命共同体となってしまう。
使命を果たして去った吉田所長の死に報いる為にも、シビアな選択の一番要求される重要な岐路だと思える。
「人」はカナリヤじゃないし、駒でもなく、血の通う「人」であり、それぞれに人生を抱えている。
それを守りたければ、トップを選ぶ時こそ重要だと思う今日この頃・・・・・
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